2016年10月18日

余話 2016.秋

今年のノーベル文学賞がボブ・ディランに授賞された。国民学校4年生以来、いわゆる賞というものに縁がない
小生は、ディランの受賞を素晴らしいと思ってる。羨ましい。そこで思い出すのは「俺にとっては右も左もない。あ
るのは真実かということだけだ」という彼の言葉だ。あたしを代弁している、と言ったらおこがましいか。
世間では、文学賞だぞ、歌手に与えてよいのか、といった声もある。くだらない声だ。文学は、狭いものじゃない。
吟遊詩人が受賞しちゃいけないのか。ばかばかしい声だ。
反戦詩人金子光晴の評価に、事実かどうか問うた小生の論文は、右からも左からも批判されて、無言深夜電話
が絶えなかった。表現責任を問う姿勢は西部劇のリンチ扇動者と評された。覗きやとも言われた!
もうばかばかしいから、ほざくのをやめたが、やめたのではない休息しているだけだ。まだまだ発言しよう。
戦闘が衝突だという時代だから。


posted by 櫻本富雄 at 20:17| Comment(1) | 空席通信・余話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月12日

2016.10 yowa

松尾敏男さんが他界された。知らない人の方が多いだろうか。文化勲章を受章した画家
である。
私にとっては、恋敵である? 恋敵などと今様じゃない。小生の一方的な呼称だ。
理由を書こう。女優ミッシェルモルガンは多くの人が知っているだろう。小生は彼女の
ファンである。生の姿を見たさにパリへ行った際には、1日彼女の住む家の前に立ち尽
くした。残念ながら目的は達せられなかった。彼女は飛行機嫌いだから、日本に一度も
来ていない。
松尾さんは、彼女の肖像画を描いている。パリの三越で展示会もやったらしい。日本で
公開したことは聞いていない。で、写真でしか見ていないが、すごい肖像画だ。
ミッシェルが、それを見て「私こんなに怖い顔?」と言ったそうだ。
松尾さんの自慢は彼女とチュウしたことだ。怪しからん話である。おそらく日本人では
彼だけだろう。実にけしからん事態である。
これが恋敵の所以である。
余談だが彼女はまだ元気である。だが、小生にはもうパリへ行く機会がないだろう。
posted by 櫻本富雄 at 12:27| Comment(0) | 空席通信・余話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月07日

余話 2016.10

風見章子さんがなくなった。その日は私の誕生日である。父も同じ日だった。加藤隼戦闘隊の隊長はこの日に生まれている。
風見章子で思い出すのは、映画「母子草」のセーラー服姿だ。『映画旬報』の表紙を飾った写真は忘れられない。少年にとって
セーラー服は憧れの最たるものだからだろうか。敗戦後に登場した久我美子のセーラー服も忘れられない。映画「酔いどれ天
使」だが、清かな彼女の姿に三船の汚れた世界が際立った。それから若尾文子の性典姿が登場したが、この印象は薄い。
「また逢う日まで」は上野公園で撮影したシーンがあり、その撮影をずーっと見学していたものだ。久我美子は綺麗だった。岡田と
陸橋の上で語り合うシーンなど忘れられない。1940年代には、そこから東京湾が見えた。誰も信じないだろうか。
posted by 櫻本富雄 at 16:41| Comment(0) | 空席通信・余話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする