2016年12月23日

ミッシェル・モルガンを偲ぶ

ミッシェル・モルガンが亡くなった。96歳だから天寿を全うしたと言っていい。「霧の波止場」の明眸は捨て犬と彷徨うギャバンの後ろ姿とともに生涯忘れないだろう。強烈な印象が消えないまま「赤ちゃん」を見たら女学生役でちょっと出演していた。波止場が38年、赤ちゃんは37年だから、おそらくこれが彼女のデビュー映画だろう。戦争があって「珊瑚礁」「わが父わが子」「曳き舟」の三作は見ていない。「珊瑚礁」は当時の映画雑誌に近日公開の広告があった。ギャバンと共演だ。「想い出の瞳」はスチュワースの話だったと記憶している。飛行機が嫌いで、日本には来なかったが、ちょっと話が整合しない。「田園交響楽」「落ちた偶像」「夜の騎士道」「強熱の孤独」などを思い出す。「強熱の孤独」はサルトルが脚本を担当した。彼女が脇役で忘れられないのは「葡萄の季節」だ。出稼ぎ労働者の兄弟、その弟が残して行った彼女の彫刻を見つめるシーンは鮮やかに記憶している。「みんな元気」は「東京物語」へのオマージュ作品だが、やはり彼女の姿は光っていた。「名誉と栄光のためでなく」はマーク・ロブソン監督のアメリカ映画だが、アンソニクイン、アランドロンと豪華キャストだった。Michele_Morgan_in_Joan_of_Paris_4[1].jpg
posted by 櫻本富雄 at 16:41| Comment(0) | 空席通信・余話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月20日

余話・2016.12.20


 ことしの 12月8日も、何事もなく過ぎ去った。「大詔奉戴日」などという言葉はもう存在しないかのようだ。全国紙を見たわけではないが、それを報道した新聞は東京周辺ではなかった。テレビが開戦日と触れていたが、何のことか、わからなかったほうが多いのではないか。
 敗戦後の誓いは忘れられたようだ。オスプレイが墜落しても、不時着ですませている。墜落と報道したのは、当初は沖縄の新聞だけだった。退却を転進と報道したのはいつだったか? 全滅を玉砕などとうそぶいたのは誰だったか? 自衛隊がもっともらしい名称の名で戦乱の地へ行ったが、戦闘に巻き込まれて死亡したら政府はどう対応するのだろうか? かつての軍人には敗戦後も手当があるが、空襲で被害を受けた人たちには何の補償もなされていない。腑に落ちないことだらけのまま今年も暮れる。
 来年は年男だ。雄鶏もよく生きてきたと思う。往復ピンタで聴覚障害になった左耳は、このところ難聴が顕著になった。あの時の激痛ははっきり覚えている。忘れたいことは忘れて、絶対に思い出さないことだ。
 今年の年賀状で新年のあいさつ便りは止めることにした。それをどう伝えようかといろいろ考えたが、妙案は浮かばなかった。で、ストレートには表現しなかったが、その旨は記した賀状を投函した。ほとんどプリンターがやるから450枚ほどの賀状も手書きのことを考えれば大変ではないと思っていたが、それが大変になったのは、やはり加齢のためだろうか。
 8月15日と12月8日には、『犬』の題で作詩しているが、発表の気もなく、又その機会もない。
 蔵書もあらかた整理したし、いつ旅立ちしても、あまりごみは残らないだろう。先日、スカスカになった書庫を眺めていたら、紙袋が目についた。紙袋はいくつかあるが、それらは戴いた手紙類と切抜きだけだ。だがその紙袋は記憶にない。なんだろうと思って開けたら、中国に派遣された皇軍兵士が貰った慰問文をファイルしたものと北海道の軍人が故国から届いた手紙をファイルしたものだった。皇軍兵士の階級は高くないが軍人のほうは士官である。圧倒的に面白かったのは兵士のほうで、慰問文は全部大和撫子からのものだった。小生も国民学校の生徒だった頃、慰問文を書かされたから、男からのものもあってよいはずだが、女性のものばかり。それが面白かった。厚かましく結婚を申し出て断られたいきさつが判る手紙もあった。青木正美さんなら大喜びするだろうと思われる資料である。ジェンダーの目線でそれらの資料に語らせようかと考えたことがあったのを思い出した。
 左肩の脱臼はすっかり固まったようで、槍ヶ岳の威容でそびえている。眺めがいいだけなら良いのだが時々今でも痛むので閉口している。右肩の関節炎はまだ治らない。箸が使えないので、これにも閉口している。3つ違いの家内は先日、家の中で転倒し、骨盤に罅が入った。腰椎すべり症でチタンのボルトが6本入っているから心配したが、そっちは大丈夫だった。しかし年内は歩行もできない。
 そんな状況で越年だ。2016.12.20

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posted by 櫻本富雄 at 14:44| Comment(0) | 空席通信・余話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月18日

余話 2016.秋

今年のノーベル文学賞がボブ・ディランに授賞された。国民学校4年生以来、いわゆる賞というものに縁がない
小生は、ディランの受賞を素晴らしいと思ってる。羨ましい。そこで思い出すのは「俺にとっては右も左もない。あ
るのは真実かということだけだ」という彼の言葉だ。あたしを代弁している、と言ったらおこがましいか。
世間では、文学賞だぞ、歌手に与えてよいのか、といった声もある。くだらない声だ。文学は、狭いものじゃない。
吟遊詩人が受賞しちゃいけないのか。ばかばかしい声だ。
反戦詩人金子光晴の評価に、事実かどうか問うた小生の論文は、右からも左からも批判されて、無言深夜電話
が絶えなかった。表現責任を問う姿勢は西部劇のリンチ扇動者と評された。覗きやとも言われた!
もうばかばかしいから、ほざくのをやめたが、やめたのではない休息しているだけだ。まだまだ発言しよう。
戦闘が衝突だという時代だから。


posted by 櫻本富雄 at 20:17| Comment(1) | 空席通信・余話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする