2016年12月20日

余話・2016.12.20


 ことしの 12月8日も、何事もなく過ぎ去った。「大詔奉戴日」などという言葉はもう存在しないかのようだ。全国紙を見たわけではないが、それを報道した新聞は東京周辺ではなかった。テレビが開戦日と触れていたが、何のことか、わからなかったほうが多いのではないか。
 敗戦後の誓いは忘れられたようだ。オスプレイが墜落しても、不時着ですませている。墜落と報道したのは、当初は沖縄の新聞だけだった。退却を転進と報道したのはいつだったか? 全滅を玉砕などとうそぶいたのは誰だったか? 自衛隊がもっともらしい名称の名で戦乱の地へ行ったが、戦闘に巻き込まれて死亡したら政府はどう対応するのだろうか? かつての軍人には敗戦後も手当があるが、空襲で被害を受けた人たちには何の補償もなされていない。腑に落ちないことだらけのまま今年も暮れる。
 来年は年男だ。雄鶏もよく生きてきたと思う。往復ピンタで聴覚障害になった左耳は、このところ難聴が顕著になった。あの時の激痛ははっきり覚えている。忘れたいことは忘れて、絶対に思い出さないことだ。
 今年の年賀状で新年のあいさつ便りは止めることにした。それをどう伝えようかといろいろ考えたが、妙案は浮かばなかった。で、ストレートには表現しなかったが、その旨は記した賀状を投函した。ほとんどプリンターがやるから450枚ほどの賀状も手書きのことを考えれば大変ではないと思っていたが、それが大変になったのは、やはり加齢のためだろうか。
 8月15日と12月8日には、『犬』の題で作詩しているが、発表の気もなく、又その機会もない。
 蔵書もあらかた整理したし、いつ旅立ちしても、あまりごみは残らないだろう。先日、スカスカになった書庫を眺めていたら、紙袋が目についた。紙袋はいくつかあるが、それらは戴いた手紙類と切抜きだけだ。だがその紙袋は記憶にない。なんだろうと思って開けたら、中国に派遣された皇軍兵士が貰った慰問文をファイルしたものと北海道の軍人が故国から届いた手紙をファイルしたものだった。皇軍兵士の階級は高くないが軍人のほうは士官である。圧倒的に面白かったのは兵士のほうで、慰問文は全部大和撫子からのものだった。小生も国民学校の生徒だった頃、慰問文を書かされたから、男からのものもあってよいはずだが、女性のものばかり。それが面白かった。厚かましく結婚を申し出て断られたいきさつが判る手紙もあった。青木正美さんなら大喜びするだろうと思われる資料である。ジェンダーの目線でそれらの資料に語らせようかと考えたことがあったのを思い出した。
 左肩の脱臼はすっかり固まったようで、槍ヶ岳の威容でそびえている。眺めがいいだけなら良いのだが時々今でも痛むので閉口している。右肩の関節炎はまだ治らない。箸が使えないので、これにも閉口している。3つ違いの家内は先日、家の中で転倒し、骨盤に罅が入った。腰椎すべり症でチタンのボルトが6本入っているから心配したが、そっちは大丈夫だった。しかし年内は歩行もできない。
 そんな状況で越年だ。2016.12.20

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posted by 櫻本富雄 at 14:44| Comment(0) | 空席通信・余話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月18日

余話 2016.秋

今年のノーベル文学賞がボブ・ディランに授賞された。国民学校4年生以来、いわゆる賞というものに縁がない
小生は、ディランの受賞を素晴らしいと思ってる。羨ましい。そこで思い出すのは「俺にとっては右も左もない。あ
るのは真実かということだけだ」という彼の言葉だ。あたしを代弁している、と言ったらおこがましいか。
世間では、文学賞だぞ、歌手に与えてよいのか、といった声もある。くだらない声だ。文学は、狭いものじゃない。
吟遊詩人が受賞しちゃいけないのか。ばかばかしい声だ。
反戦詩人金子光晴の評価に、事実かどうか問うた小生の論文は、右からも左からも批判されて、無言深夜電話
が絶えなかった。表現責任を問う姿勢は西部劇のリンチ扇動者と評された。覗きやとも言われた!
もうばかばかしいから、ほざくのをやめたが、やめたのではない休息しているだけだ。まだまだ発言しよう。
戦闘が衝突だという時代だから。


posted by 櫻本富雄 at 20:17| Comment(1) | 空席通信・余話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月12日

2016.10 yowa

松尾敏男さんが他界された。知らない人の方が多いだろうか。文化勲章を受章した画家
である。
私にとっては、恋敵である? 恋敵などと今様じゃない。小生の一方的な呼称だ。
理由を書こう。女優ミッシェルモルガンは多くの人が知っているだろう。小生は彼女の
ファンである。生の姿を見たさにパリへ行った際には、1日彼女の住む家の前に立ち尽
くした。残念ながら目的は達せられなかった。彼女は飛行機嫌いだから、日本に一度も
来ていない。
松尾さんは、彼女の肖像画を描いている。パリの三越で展示会もやったらしい。日本で
公開したことは聞いていない。で、写真でしか見ていないが、すごい肖像画だ。
ミッシェルが、それを見て「私こんなに怖い顔?」と言ったそうだ。
松尾さんの自慢は彼女とチュウしたことだ。怪しからん話である。おそらく日本人では
彼だけだろう。実にけしからん事態である。
これが恋敵の所以である。
余談だが彼女はまだ元気である。だが、小生にはもうパリへ行く機会がないだろう。
posted by 櫻本富雄 at 12:27| Comment(0) | 空席通信・余話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする